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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)1767号 判決 1975年12月19日

原告 知充産業株式会社

右代表者代表取締役 猿橋久枝

右訴訟代理人弁護士 圓山潔

右訴訟復代理人弁護士 真木吉夫

同 河原崎弘

被告 荻野宗吉

右訴訟代理人弁護士 中村忠純

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し別紙物件目録の土地につき東京都知事に対し農地法第五条による許可申請をなし、かつこの許可を条件として右土地を引渡すと共に所有権移転登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

≪以下事実省略≫

理由

一  売買契約について

≪証拠省略≫を総合すれば、昭和四五年一一月九日原告と訴外荻野茂との間で、訴外茂は被告のためにすることを示して本件土地につき原告主張のような売買契約が締結されたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  代理権について

原告主張の被告が訴外茂に対し本件土地売却の代理権を与えた事実は、本件全証拠によるもこれを認めることができない。

三  表見代理について

1  ≪証拠省略≫を総合すると、被告は昭和四五年三月末、訴外茂に対して被告にかわって、訴外東亜の砧農業協同組合に対する債務につき、同協同組合との間でこれを担保するため連帯保証契約、抵当権設定契約を締結しうべき権限を賦与し、その際、訴外茂に対してそれに必要な白紙委任状(ただし印刷部分と被告の押印部分のみあり、その余は白紙)及び被告の印鑑証明書を交付したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

従って訴外茂は右代理権をこえて前記売買契約を締結したというべきである。

2  正当事由の有無について

(一)  右1の事実に、≪証拠省略≫を総合すると本件売買契約締結の際、訴外茂が原告に委任状及び印鑑証明書を呈示し交付したこと、そして前者は被告がその印影のみを押捺して昭和四五年三月末訴外茂に対して交付した前記1の白紙委任状に、訴外茂において、原告に知れないところで、受任者荻野茂委任事項本件土地売却に関する件、日付昭和四五年一〇月二二日と記入したもの、後者は前記1の印鑑証明書であるが、訴外茂は原告に対して右委任状等について前記1のような事情をうちあけたことはないことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定の事実、後記認定の本件土地売買契約に先だって、原告会社代表者である猿橋久枝が、訴外茂から、その父である被告よりその所有にかかる本件土地及びその近辺の土地売却方を委せられている旨申向けられたうえ、訴外茂の案内により本件土地ほか一筆の土地を見にゆき、その帰途、訴外茂とともに被告宅に立寄り、訴外茂に紹介されたうえ被告に面接している事実並びに≪証拠省略≫に徴すると、原告会社は前記売買契約を締結するにあたり、訴外茂が本件土地売却の代理権を時するものと信じたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(二)  そこで過失の有無につき検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、

(1) 原告会社の代表取締役である猿橋久枝は昭和四五年春ごろ訴外茂と知りあい、その後同訴外人から、その父である被告所有にかかる東京都世田谷区岡本二丁目一帯の土地につき、被告よりその売却方を委せられている旨申向けられ、原告会社が買主となってその一部を買受ける気になり、昭和四五年一〇月末ころ、訴外茂の案内により、本件土地の近くにある駐車場に使われていた土地(以下駐車場の土地という)と本件土地との二個所の土地を見にいったところ、駐車場の土地が気にいったこと、そしてその帰途右猿橋は本件土地の近くにある被告方を訪れ、訴外茂の紹介により被告に面接したうえ、被告に対し駐車場の土地につき前記案内のさいにおける訴外茂の言い値である坪あたり二〇万円による買取り方を申入れたところ、被告は坪あたり二五万円を主張してその場における右土地の売買の話はまとまらなかったこと、一方右面接のさいには本件土地の売買の話は出なかったこと、右猿橋としては駐車場の土地がほしかったので、訴外茂のみとの間でその後も駐車場の土地の買取方を交渉したがまとまるに至らず、結局右猿橋は、訴外茂のすすめもあり、やむなく、原告会社の代表者として被告の代理人としての訴外茂との間に前記のような本件土地の売買契約を締結するに至ったこと、

(2) 前記本件土地の売買契約締結のさいはもちろん、右面接から右契約締結に至るまで、原告会社の代表者である右猿橋はもちろん、原告会社側においては、被告に直接面接あるいは電話するなどして被告の意思をたしかめることを一度もしていないこと。

(3) 訴外茂は、前記猿橋との土地売買の交渉の当初から本件土地の売買契約締結に至るまでその過程で被告の実印及び本件土地の権利書を所持していたことはなく、従って前記本件土地の売買契約のさいはもちろん、右交渉の当初から訴外茂は、原告会社の代表者である前記猿橋及び原告会社側の者に対して本件土地の権利書及び被告の実印を呈示したこともないし、これらを交付したこともないこと並びに前記印鑑証明書の作成日付は昭和四五年三月三一日であり、訴外茂がこれを前記白紙委任状とともに前記猿橋にはじめて呈示したのは前記契約締結のさいであったこと、

(4) 被告は、本件土地はともかくとして、自らあるいは訴外茂を介して原告会社もしくは猿橋久枝に対して被告所有の土地を売渡したことはないこと、

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(イ)以上の事実によると前記猿橋及び原告会社側において被告にその意思をたしかめることは容易であったことが認められ(右認定を左右するに足る証拠はない)、(ロ)前記のように被告は訴外茂の親であり、本件土地の売買契約のさい訴外茂から前記白紙委任状、印鑑証明書が呈示交付されてはいるけれども、(ハ)本件土地の売買契約締結に至る経緯が前示のようなものであり、また訴外茂が右のさいはもちろん土地売買の交渉の当初からその過程で右に至るまで、被告の実印及び本件土地の権利書を所持しておらず、従って前記猿橋及び原告会社側に対して右の実印、権利書の呈示、交付がなく、前記印鑑証明書の日付が六ヶ月も前であったこと前示のとおりであり、これらに前記(イ)の事実及び不動産取引においては権利書が重要な意味をもっているのが実情であること(このことは公知の事実である)をあわせ徴すると本件において原告会社代表者たる前記猿橋もしくは原告会社側において売主となる被告に対して一応本人の意思をたしかめるべきであり、このような措置をとらなかったこと前示のとおりであるから、原告会社に、訴外茂において本件土地を売却しうべき代理権ありと信ずるにつき過失があったというべきである。

四  よって原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柏原允)

<以下省略>

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